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山中伸弥教授の心の支えになった言葉―とあるSAのログオフ記99

タイトル通りです。

昨日(8日)、今年のノーベル医学生理学賞に輝いた山中伸弥・京都大教授(50)は、「人間万事塞翁が馬」(人生の幸・不幸は予測できない)という言葉を心の支えに研究に力を注いで来たと言います。
人工多能性幹細胞(iPS細胞)の開発を発表してからわずか6年です。 50歳の若さで最高の栄誉を手にしました。
 しかし、開発までの半生は挫折と再起の繰り返しだったとか。

詳細はこちら。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20121008-00000044-mai-soci


山中伸弥教授が最初に目指したのは整形外科医でした。 「中学、高校で柔道に打ち込み、足の指や鼻等を10回以上骨折した経験から」との事です。 スポーツ外傷の専門医になろうと、神戸大医学部を卒業後、国立大阪病院(大阪市、現・国立病院機構大阪医療センター)整形外科の研修医になりました。
しかし、直面したのは、治す事が出来ない数多くの患者がいるという現実だったらしいです。 最初に担当した慢性関節リウマチの女性は、みるみる症状が悪化し、痩せて寝たきりになった、とか。 山中さんは「枕元にふっくらした女性の写真があり、『妹さんですか』と聞くと『1~2年前の私です』という。びっくりした」経験もあったそうです。 手術も不得手で、他の医師が30分で終わる手術に2時間掛かったとか。 その時に「向いていない」と痛感したらしいです。

有効な治療法のない患者に接するうち、「こういう患者さんを治せるのは、基礎研究だ」と思い直したと言う事です。 病院を退職し、89年に大阪市立大の大学院に入学。 薬理学教室で研究の基本を学んだ。 「真っ白なところに何を描いてもいい」と基礎研究の魅力に目覚め、実験に没頭したと聞きます。 論文を指導した岩尾洋教授は「彼の論文は完成度が高く、殆ど直さなくて良かった」と語る程です。
大学院修了後、アメリカのサンフランシスコのグラッドストーン研究所に留学。 当時のロバート・メイリー所長から、研究者として成功する条件は「ビジョンとワークハード」、つまり、長期的な目標を持ってひたむきに努力することだと教えられます。 マウスのES細胞(胚性幹細胞)の研究に打ち込みました。
「ヴィジョンとハードワーク」、個人的には、意識せずにはいられないお言葉ですね。(^^;

しかし、96年に帰国すると、再び苦しい時が訪れました。 研究だけに没頭できるアメリカの環境との落差に苦しんだのです。 「議論する相手も研究資金もなく、実験用のマウスの世話ばかり。半分鬱状態になった」。 研究は滞り、論文も減ったて、やる気を失っていったらしいです。

「研究は諦めて臨床へ戻ろう」。 そう、思い詰めた山中さんを、2つの出来事が変えました。
1つは、98年にアメリカの研究者がヒトES細胞の作成に成功したこと。 大きく励みになるニュースだったそうです。
もう1つは、奈良先端科学技術大学院大の助教授の公募に通ったこと。 「落ちたら今度こそ研究を諦めよう」との思いで応募した。 「研究者として一度は死んだ自分に、神様がもう一度場を与えてくれた」。 99年12月、37歳で奈良に赴任。

翌年の春、山中さんは大学院生約120人の前で、「受精卵を使わないでES細胞の様な万能細胞を作る」と、研究テーマを語った。 学生を呼び込むために考えた「夢のある大テーマ」だったようです。 
現在、京都大講師の高橋和利さん(34)ら研究室に入った大学院生との挑戦が始まりました。
今は「この技術を、本当に患者の役に立つ技術にしたい。 その気持ちが研究の原動力」と言い切ります。 新薬の開発、難病の解明、再生医療など、今や幅広い分野でiPS細胞の研究が進んでいます。 「10年、20年頑張れば、今治らない患者さんを治せるようになるかもしれない」――。 抱き続けた夢が叶う日は、もう遠い未来ではないかも知れません。

実際に難病の方は、期待を寄せている様です。
例えば、筋肉が骨に変形する難病と闘う兵庫県明石市立魚住中3年の山本育海さん(14)は、山中さんと交流し、iPS細胞を使った治療法の確立の夢を託して来たらしいです。 その彼女は「iPSが世界中に広まって研究が進み、薬の開発が早くなると思うとうれしい」と受賞を喜んだらしいです。
育海さんは小学3年の時、「進行性骨化性線維異形成症」(FOP)と診断され、支援団体「FOP明石」の署名活動等で07年3月に国の難病指定を受けました。 iPS細胞が難病の治療に役立つ可能性があると知り、09年11月に山中さんに面会。 10年2月には「一日も早く薬を開発して欲しい」と体細胞を提供。 今年もシンポジウムの会場やテレビ番組で山中さんと面会しています。

山中さんの受賞が決まると、明石市内で記者会見。 母智子さん(39)と手を取り合って「本当に良かった。 すごい先生です」と目に涙を浮かべたとの事。 智子さんは「3年前に初めてお会いしてから、本当に優しく接して頂いている。 今回の受賞でFOPの研究に、もっともっと光が当たって欲しい」と語っています。


あのノーベル医学生理学賞に輝いた山中伸弥教授ですら、落ちこぼれからのリベンジとチャレンジの人生です。(^^;
人生、何がどう転ぶかなんて分かりません。
「人間万事塞翁が馬」、この言葉をもう少し意識しながら、この先の人生に挑んでいきたいものですね。(^^



それではこれで。<(_ _)>

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Comment
ほんと
人生わかりませんねw

己の才能に気が付いたら人生が変わったのでしょうね(。・ω・。)
なんか、人の生き方って難しいなっと思います。。

でも素晴らしい受賞だと思います!
山中さんおめでと~w
Re: ほんと
こんにちは。
コメント有難う御座います。

本当に人生は何がどうなるか分かりませんよね。
まあ、最後まで諦めずにやる事なんでしょうね、共通のコツって。

あの歳で受賞と言うのも、これから先が楽しみですよね。(^^
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