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山中伸弥教授の「iPS細胞研究の歩み」をまとめて…―とあるSAのログオフ記113

久し振りの山中伸弥教授の記事です。
内容はタイトル通りですね。 久し振りに真面目な記事でも。
大学のレポートを思い出しますね。
 まあ、相当割愛しながら書いていますが。(笑)


■「iPS細胞研究の歩み」■
2012年のノーベル医学生理学賞に輝いた京都大の山中伸弥教授(50)の記事です。 再生医療の実現に道を開くiPS細胞(人工多能性幹細胞)を06年に開発し、異例の早さで栄誉を受けました。 『死ぬ直前になってからノーベル賞受ける位なら、後進の科学者の成果が認められる機会が無くなるんですけれどね、今の基準だと。 それが人々の役に立つ基準なのかどうかも疑問ですよね?』 今の研究って日進月歩過ぎますからね。(^^;

でも、万能細胞」の研究に革命的な進歩をもたらた上に、患者に希望を与えた6年間の歩みを振り返ると、結構興味深いですよね。
山中伸弥教授は、06年8月にマウスの皮膚細胞に4種類の遺伝子を入れ、あらゆる細胞を作り出す能力がある「万能細胞」を作製したと発表。 成熟した体細胞を受精卵と同じ様な状態に「リセット」(初期化)する方法を初めて発見したのです。
『ヤマナカはホームランを打った』、衝撃的な成果はそんな見出しで世界中に報じられました。 当の山中伸弥教授は『万能性を持たせる遺伝子をヒトでも特定し、臨床応用に向けた研究を進めたい』と、早くも次の目標を口にしていました。 研究者としても医師としても鑑ですね。(^^ オペは凄く遅かったらしいですが…。(^^;

07年11月、クローン羊「ドリー」を誕生させた英国の著名な科学者、イアン・ウィルマット博士がヒトクローン胚の研究を断念。 万能細胞の研究は、生命の萌芽である受精卵を壊してES細胞(胚性幹細胞)を作る従来の方法よりも、山中教授の手法が優れていると認めたのです。
そのすぐ後、山中教授はマウスと同じ手法でヒトでも万能細胞の作製に成功し、iPS細胞と命名したと発表。 様々な細胞を人工的に作り出し、病気や怪我で損傷した臓器などに移植して治療する再生医療の実現に向け、次のステップに進みました。
その際の山中教授は『ヒトでは出来ないと思っていたので、ビックリした。 本当に幸運。 まだ遠いが、再生医療というマラソンのゴールが見えてきた』と言うコメントを残していますね。 本当にシレっと言うなぁと思いますが、山中教授にとっては患者さんの役に立ってようやく目標達成なのでしょう。


参考にした記事や資料はこちら。
一番下のURLから山中教授の論文をPDFで読めますよ。(^^
http://tom.as76.net/child/yamanaka.php
http://www.nikkei-science.com/201212_007.html
http://www.47news.jp/47topics/e/235162.php
http://sankei.jp.msn.com/science/news/121022/scn12102208480002-n2.htm
http://repository.kulib.kyoto-u.ac.jp/dspace/


08年5月、米タイム誌が選んだ同年の「世界の100人」に、山中教授は米露の大統領らとともに名を連ねました。 まあ、「世界の100人」って意外な人も名を連ねているので、チェックすると面白い発見ってありますよ?(^^

ヒトiPS細胞の発表から1年が過ぎた08年の11月には、『あっという間だった。 医療に応用して患者を救うこと、その一点が私の目標。 更に研究を加速させたい』という山中教授のコメントには脱帽しますよね。 でも、多分前述の通りの理由なのではないかと思います。


09年9月、米国で最も権威ある医学賞で、ノーベル賞の登竜門とも呼ばれるラスカー賞を受賞しています。 山中教授は『何百人という人の研究成果を基礎に利用している。 私だけが受賞するのはフェアではない』と謙虚に話しています。 人柄が窺えます。
『以前、山中伸弥教授の心の支えになった言葉―とあるSAのログオフ記99と言う記事で、「人間万事塞翁が馬」(人生の幸・不幸は予測できない)という言葉を心の支えに研究に力を注いで来たと』紹介しました。
山中教授の人生も「開発までの半生は挫折と再起の繰り返しだった」と言う訳ですから、『どう転ぶかも分からなければ、山中教授の研究を基にして更に凄い研究成果を提供する研究者だって出て来るかも知れない』ですね。


山中教授は講演の機会があると、iPS細胞の発見に力を尽くした当時の学生らの名前を必ず挙げます。 10年11月、京都賞の受賞講演では『iPS細胞を作ったのは私ではなく、最初の研究室メンバーの3人。 2人の娘と同じくらい大切な私の家族です』と語っています。
現在は京都大iPS細胞研究所長として、200人を超える組織を引っ張る立場です。 11年7月、インタビューで『安全性の確保、研究支援者の雇用、特許問題など毎日、いろんな事を考える。 成果をどう出していくか。 精神的な負担はある』と打ち明けています。
数年前までは、ヒトにとっては未知の領域だった事を考えると、襟を正して聞き入らなければいけない言葉ですね。 発見したからそれで終わりな訳が無いですし。 ましてやその終わりに向って大勢の関係者を引っ張ってゆく立場です。 心労は計り知れないでしょうね。

11年10月、研究室の仲間と一緒に大阪マラソンに出場して完走。 約20年振りのフルマラソンを終えて『ベストラン。 (自身の研究は)まだ折り返し点』と茶目っ気と気真面目さが感じられるコメントをしていますよ。

後、ノーベル賞がどうこうという前に、今年のあすか会議が勉強になります。

iPS細胞の開発 ~山中伸弥氏 日本科学技術世界を救う

今年のあすか会議2012の第1部です。
7月7日(土)の午後、山中教授はビデオメッセージで参加しています。
色々と勉強になりますよ。(^^



12年9月、山中教授は記者会見で『(研究は)5年前には想像できなかったことが着実に進んでいる。闘病されている方は希望を捨てないで』と呼び掛けました。
そして、今月8日のノーベル賞受賞の記者会見。 『感謝という言葉しかない。 1日でも早く本当の意味での社会貢献を実現したい』と述べています。 6年前と変わらぬ信念を胸に、新たな決意を語っています。
こういう人物像は見習いたいものですね。(^^


最後に、iPS細胞を知らない人用に、簡単に纏めると以下の様になります。 私も、知り合いの医師に色々教わった時はビックリしましたね。 概要そのものは簡単なのですが、奥が深い事だけは、(私の様な素人でも)その説明だけで分かる程でした。

■iPS細胞■
iPS細胞は(Induced pluripotent stem cells)の略で、人工多能性幹細胞と言う名前でも知られています。 偶に、英語名の意訳で誘導多能性幹細胞と表記される事もあります。
体細胞(皮膚など)へ数種類の遺伝子を入れて、神経や血液、臓器等のあらゆる細胞に分化する受精卵の様な能力を持たせた万能細胞の1つです。 それ故に、ES細胞(胚性幹細胞)の様に、非常に多くの細胞に分化できる分化万能性(pluripotency)と分裂増殖を経てもそれを維持出来る自己複製能を持たせた、再生医療の最先端です。 山中伸弥教授が06年にマウスで初めて作製し、07年にはヒトの皮膚細胞から作製に成功してからは患者さん達の希望にもなっています。 夢で終わって欲しく無い研究なのです。因みに、命名は山中伸弥教授によるものですがIPSではなくiPS細胞なのは、当時世界的に大流行していたアップル社の携帯音楽プレーヤーの「iPod」の様に普及して欲しいとの願いが込められている為です。

ただ、凄く下世話な話ですが、その説明を知り合いの医師から聞いた時に『アンチエイジングの能力も持たせたら面白いだろうなぁ』と思いました。(^^;;
だって、「人間の能力のピークを長い間持続出来たら、それそこ夢」ですから。 はい、下世話過ぎますね。 欲望丸出しです。
 怒られても仕方が無い程に。(^▽^;

でも、それほど凄い研究だからこそ、1日も早く「当り前の治療」として普及して欲しいのですよね。 次の朗報が待ち遠しいです。(^▽^



それではこれで。<(_ _)>

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山中伸弥教授の人柄、受賞前から難病患者の希望!―とあるSAのログオフ記101

京都大iPS細胞研究所長の山中伸弥教授(50)とともにノーベル医学生理学賞の共同受賞が決まったイギリスのケンブリッジ大のジョン・ガードン博士(79)が、来年3月に京都大iPS細胞研究所所が京都市で開く国際シンポジウムに招かれ、2人の受賞者が同席する事になりました。
これは10日に京都市市左京区であった京都大iPS細胞研究所主催のシンポジウムで、山中教授が明らかにしました。

山中教授は集まった研究者らに『iPS細胞に関する研究がこの5年間で大きく進展したことが、受賞の要因だ。 皆様のご尽力、ご努力に改めて感謝申し上げます』と述べた後、ガードン博士の招待に言及しました。


詳細はこちら。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20121010-00000080-mai-soci
http://mainichi.jp/area/news/20121009ddg041040007000c.html

同研究所によると、国際シンポジウムはiPS細胞がテーマで、昨年3月31日と4月1日に開催する予定だったものの、東日本大震災のため中止していたそうです。
今回報じられた来年3月のシンポジウムでは、96年に哺乳類初のクローン羊「ドリー」を誕生させたイギリスのエディンバラ大のイアン・ウィルムット教授、iPS細胞を使った再生医療研究で知られる岡野栄之慶応大教授らも参加するとの事。
今回のノーベル医学生理学賞の共同受賞では、ガードン博士は、62年にクローンオタマジャクシを世界で初めて誕生させた業績で受賞が決まっています。 再生医療などを始めとする夢の医療に取り組み続けた方々が一堂に会すのはかなり異例な事で、今から注目が集りますね。

さて、その山中教授ですが、「有言実行」・「親しみやすい」という事でも有名だそうです。
山中教授(50)を知る同級生や難病患者達が語るエピソードからは、多面的な人柄が浮かんで来ます。
中学・高校時代の同級生で会社経営、芳武努さん(50)は、『柔道部員として活躍しながら生徒会副会長も務め、文武両道だった』と振り返ります。 高校3年の頃、柔道部員だった山中さんは『二段をとれなかったら部活をやめる』と言ってすぐに実現した。 『有言実行タイプで、しかも偉ぶった所が無く、ちゃめっ気もある』と舌を巻くそうです。
妻の知佳さん(50)も中高時代の同級生で医師です。 同じく同級生だった会社経営、平田修一さん(50)によると、高校の修学旅行で北海道を訪れた時、自由時間に2人でサイクリングに行って集合時間に遅れ、交際が発覚したとか。 平田さんは『周りも羨むベストカップルだった』と色々なインタビューでも答えていますのでこれは有名ですね。
山中教授夫妻と芳武さん、平田さんは今月3日、大阪市内で会食したそうです。 芳武さんが『月曜(8日)楽しみにしているぞ』と握手すると、『うん』と答えたと言います。 年に5、6回は酒を酌み交わす芳武さんは、『昔「賞を取ったら賞金の1%で奢って」と頼んだ。 ぜひ実現して欲しい』だとか。 山中教授の人柄が伝わって来る話ですね。(^^

特に印象的なのは、患者さん達は研究成果への期待だけでなく、人柄に親しみを感じているそうです。
脊髄損傷の患者らで作るNPO法人「日本せきずい基金」の大浜真理事長は09年に初めて山中教授に会ったそうです。
特筆すべきは、依頼した講演は必ず受けてくれたと言うのです。 大浜理事長は『患者との会話を大事にしていた。 臨床医の時の思いがあったのではないか。 「自分も治るかもしれない」と希望が持てた』と語っています。
同様に、原因不明の難病、1型糖尿病患者を支援するNPO法人「日本IDDMネットワーク」の井上龍夫理事長は09年、患者向けガイドブック作成のため山中教授に会っています。
なんでも、iPS細胞について丁寧に分かりやすく説明してくれた上、糖尿病を患いながら活躍する阪神タイガースの岩田稔投手を話題にしたとか。
井上さんは『糖尿病の患者が皆応援している選手の話で、場を和ませてくれた。 誠実で謙虚、それでいて親しみやすい。 今後も難病患者の希望となって欲しい』と期待したとの事です。

難病の患者さんであれば、先日紹介した方もそうですが、何処を触れても「ノーベル賞の為に打ち込んだ純粋な研究者」とは思えない多様な人柄が滲み出ています。
「日本せきずい基金」の公演だって、当時はノーベル賞の受賞前とは言え山中教授の知名度は抜群で、多忙を極めていた筈。 今もですが…。 それでも、患者さん達を前にしての公演・演説・病気に対する説明を行うという事だけは何よりも優先したという訳です。 ノーベル賞の意義を考えれば考える程、ノーベル賞に相応しい素晴しい方だと思います。(^^

iPS細胞による夢の治療が「当り前の治療」になるのはまだ先なのでしょうが、難病と闘う人達にとっての希望である事は間違いないと思います。
今回共同受賞した山中教授とガードン博士、つまりはクローン技術から始まり、iPS細胞での再生治療の基礎を築いてくれたお蔭で、iPS細胞の応用はここ数年で飛躍的に進歩しています。
患者さん達の難病の克服が実現する日が早く来ればと願っています。(^^




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山中伸弥教授の心の支えになった言葉―とあるSAのログオフ記99

タイトル通りです。

昨日(8日)、今年のノーベル医学生理学賞に輝いた山中伸弥・京都大教授(50)は、「人間万事塞翁が馬」(人生の幸・不幸は予測できない)という言葉を心の支えに研究に力を注いで来たと言います。
人工多能性幹細胞(iPS細胞)の開発を発表してからわずか6年です。 50歳の若さで最高の栄誉を手にしました。
 しかし、開発までの半生は挫折と再起の繰り返しだったとか。

詳細はこちら。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20121008-00000044-mai-soci


山中伸弥教授が最初に目指したのは整形外科医でした。 「中学、高校で柔道に打ち込み、足の指や鼻等を10回以上骨折した経験から」との事です。 スポーツ外傷の専門医になろうと、神戸大医学部を卒業後、国立大阪病院(大阪市、現・国立病院機構大阪医療センター)整形外科の研修医になりました。
しかし、直面したのは、治す事が出来ない数多くの患者がいるという現実だったらしいです。 最初に担当した慢性関節リウマチの女性は、みるみる症状が悪化し、痩せて寝たきりになった、とか。 山中さんは「枕元にふっくらした女性の写真があり、『妹さんですか』と聞くと『1~2年前の私です』という。びっくりした」経験もあったそうです。 手術も不得手で、他の医師が30分で終わる手術に2時間掛かったとか。 その時に「向いていない」と痛感したらしいです。

有効な治療法のない患者に接するうち、「こういう患者さんを治せるのは、基礎研究だ」と思い直したと言う事です。 病院を退職し、89年に大阪市立大の大学院に入学。 薬理学教室で研究の基本を学んだ。 「真っ白なところに何を描いてもいい」と基礎研究の魅力に目覚め、実験に没頭したと聞きます。 論文を指導した岩尾洋教授は「彼の論文は完成度が高く、殆ど直さなくて良かった」と語る程です。
大学院修了後、アメリカのサンフランシスコのグラッドストーン研究所に留学。 当時のロバート・メイリー所長から、研究者として成功する条件は「ビジョンとワークハード」、つまり、長期的な目標を持ってひたむきに努力することだと教えられます。 マウスのES細胞(胚性幹細胞)の研究に打ち込みました。
「ヴィジョンとハードワーク」、個人的には、意識せずにはいられないお言葉ですね。(^^;

しかし、96年に帰国すると、再び苦しい時が訪れました。 研究だけに没頭できるアメリカの環境との落差に苦しんだのです。 「議論する相手も研究資金もなく、実験用のマウスの世話ばかり。半分鬱状態になった」。 研究は滞り、論文も減ったて、やる気を失っていったらしいです。

「研究は諦めて臨床へ戻ろう」。 そう、思い詰めた山中さんを、2つの出来事が変えました。
1つは、98年にアメリカの研究者がヒトES細胞の作成に成功したこと。 大きく励みになるニュースだったそうです。
もう1つは、奈良先端科学技術大学院大の助教授の公募に通ったこと。 「落ちたら今度こそ研究を諦めよう」との思いで応募した。 「研究者として一度は死んだ自分に、神様がもう一度場を与えてくれた」。 99年12月、37歳で奈良に赴任。

翌年の春、山中さんは大学院生約120人の前で、「受精卵を使わないでES細胞の様な万能細胞を作る」と、研究テーマを語った。 学生を呼び込むために考えた「夢のある大テーマ」だったようです。 
現在、京都大講師の高橋和利さん(34)ら研究室に入った大学院生との挑戦が始まりました。
今は「この技術を、本当に患者の役に立つ技術にしたい。 その気持ちが研究の原動力」と言い切ります。 新薬の開発、難病の解明、再生医療など、今や幅広い分野でiPS細胞の研究が進んでいます。 「10年、20年頑張れば、今治らない患者さんを治せるようになるかもしれない」――。 抱き続けた夢が叶う日は、もう遠い未来ではないかも知れません。

実際に難病の方は、期待を寄せている様です。
例えば、筋肉が骨に変形する難病と闘う兵庫県明石市立魚住中3年の山本育海さん(14)は、山中さんと交流し、iPS細胞を使った治療法の確立の夢を託して来たらしいです。 その彼女は「iPSが世界中に広まって研究が進み、薬の開発が早くなると思うとうれしい」と受賞を喜んだらしいです。
育海さんは小学3年の時、「進行性骨化性線維異形成症」(FOP)と診断され、支援団体「FOP明石」の署名活動等で07年3月に国の難病指定を受けました。 iPS細胞が難病の治療に役立つ可能性があると知り、09年11月に山中さんに面会。 10年2月には「一日も早く薬を開発して欲しい」と体細胞を提供。 今年もシンポジウムの会場やテレビ番組で山中さんと面会しています。

山中さんの受賞が決まると、明石市内で記者会見。 母智子さん(39)と手を取り合って「本当に良かった。 すごい先生です」と目に涙を浮かべたとの事。 智子さんは「3年前に初めてお会いしてから、本当に優しく接して頂いている。 今回の受賞でFOPの研究に、もっともっと光が当たって欲しい」と語っています。


あのノーベル医学生理学賞に輝いた山中伸弥教授ですら、落ちこぼれからのリベンジとチャレンジの人生です。(^^;
人生、何がどう転ぶかなんて分かりません。
「人間万事塞翁が馬」、この言葉をもう少し意識しながら、この先の人生に挑んでいきたいものですね。(^^



それではこれで。<(_ _)>

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特 徴:基本的に毒舌家(気味?)らしいです。 その割に、年下には妙に懐かれます。(笑)

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